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「ハローフレンズ」 2010年2月号

身近で起きている外国籍市民の状況

人身売買の“要監視国”ニッポン
性風俗産業ばかりでなく、労働現場でも
外国籍市民や日本人が被害者になっている

  まず最初にクイズを出しましょう。
 「○○は、強制労働や商業的な性的搾取のために売買される男女や子どもの目的国および通過国のひとつとなっている。東アジア、東南アジア、東欧、ロシア、および中南米の女性や子どもが、商業的な性的搾取のために○○に売買されてきており、中国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、その他のアジア諸国からの移住労働者は男女共に、時として、強制労働の被害者になることがある」
 これは、アメリカ国務省人身売買対策監視室が2009年6月16日に発表した「2009年人身売買報告書」の一節だが、この「○○」というのはどこの国のことでしょう。
 読者には、もうおわかりのことと思うが、答えは「日本」。「人身売買」というと「奴隷」という言葉を想起させて、きわめて前近代的でおどろおどろしい(不気味で恐ろしい)響きのある言葉だが、日本は実はアメリカや国連などの人権擁護部局からたびたび「人身売買への対策がきわめて不十分」と指摘されるなど、「人身売買の要監視国」の一つとされている。
 「人身売買」は、日本の官庁用語では「人身取引」とも言われるが、「搾取の目的で、暴力、誘拐、詐欺、権力の乱用、脆弱な立場に乗ずるなどの手段を用いて、人を獲得、輸送、引渡し、蔵匿、収受すること」(国際的組織犯罪防止国連条約人身取引議定書の要約)と定義されている。要するに、人を暴力など強制力を使ったりだましたりして自由を奪い、搾取のために売買、取引すること。被害者の同意の有無を問わず、拘束されている状態であれば、人身売買に当たるとされている。
 こうした人身売買は、1980年代になって急激に国際問題としてクローズアップされるようになった。国際的な交流・交通の活発化によって、性的搾取、強制労働、臓器摘出など、さまざまな目的の人身売買が国をまたいで行われるようになったからだ。人身売買は重大な人権侵害であり、国の根幹をゆるがしかねない問題。こうした犯罪による収益が国際的な犯罪組織の大きな資金源になっていることから、国際機関や各国政府、NGOなどによる防止、被害者救済の取り組みが行われている。
人身売買について、諸外国から多数の勧告
 日本での人身売買は、性的産業と密接に結びついている。古くは、戦後まであった公娼宿は、いわば人身売買と強制的な売春が組み合わさったものだ。さすがにこれは、1956年の売春防止法によって廃止されたが、1970年代にはアジア各地への「買春ツアー」が国際的な批判を浴びた。そして、1980年代になると、反対にアジア各国から女性を連れてきて性的サービスが行われるようになる。当時、「ジャパゆきさん」などといった言葉も生まれ、きわめて多数の外国人女性が性風俗店などで働かされていることが明らかになった。
 このような日本の状況に対して、国際社会からはたびたび非難表明が行われていたが、そのことは意外に日本人には知らされないままだった。どのような指摘がなされていたかをまとめたのが、次の表だ。



 こうした指摘や勧告に大きな役割を果たしたのがアメリカ。同国では、1910年代から、「非自発的苦役の禁止」「移住、季節的労働者保護」「性産業規制」といった形で人身売買対策が取られていたが、より効果的、統一的な対策をとるために成立したのが「2000年人身取引被害者保護法」。ここでは、「予防」「取り締まり」「被害者保護」の観点でさまざまな規定が設けられたが、世界各国での人身売買対策の現状についてまとめた年次報告書を公表することも盛り込まれた。報告書では国ごとの対策について「第1分類:人身売買根絶の努力基準を満たしている国」「第2分類:基準を満たすために努力している国」「第2分類監視リスト:努力しているがさらに努力が必要な国」「第3分類:最低の基準も満たしていない国」に分けて、2001年以降、毎年公表されている。こうした各国の政策を評価して公表することは、いわば内政干渉にも相当することだが、前述のように人身売買は国際的なネットワークにより行われていることから、1国だけの対策では限界がある。そこで、各国政府の対策を促すために設けられたものだ。
 では、日本はこの報告書でどのような位置づけにあるかというと、2001〜2003年版では第2分類。そして、2004年版では第2分類監視リストに入ることになった。この分類は、第3分類に限りなく近いというもの。その後、日本ではさまざまな対策が取られることになり、2005年から現在まで第2分類に位置づけされている。
日本での対策は2005年ごろから
 日本での人身売買への本格的な対策は、2005年から始まった。前述の2004年版報告書が公表された翌年だ。まず、2004年12月、政府の「人身取引対策行動計画」が策定される。人身売買への対策は、罰則の強化はもちろんだが、入国管理、風俗営業への対策、被害者の保護など、多岐にわたる内容になることから、関係する省庁横断で対策を総まとめしたものだ。
 まず、法律的な大きな変化としては、2005年6月、刑法に「人身売買罪」が新設されたこと。それまで、日本の法律には、人身売買を直接的に禁止する法律はなかったことから、摘発については暴力団対策法、組織的犯罪処罰法、売春防止法、風俗営業法、児童買春・児童ポルノ防止法、労働基準法、入管法、刑法の逮捕監禁罪、強制わいせつ罪など、さまざまな在来法を適用する形で行われてきた。その摘発件数は上の表のとおりだが、2005年以降は、これらの法律に加え、人身売買罪も適用されることになった。
 さらに、入管法の関係で「興行」ビザによる入国基準の見直しが行われたことも、大きな変化の一つ。興行ビザは、「演劇、演芸、演奏、スポーツ等の興行に係る活動又はその他の芸能活動」に携わることを条件に発行されているものだが、発行条件の一つとして「外国の国若しくは地方公共団体又はこれらに準ずる公私の機関が認定した資格を有すること」という項目があった。これにより1990年代には、ことにフィリピンからの入国者数が急増していた。かねてから、この興行ビザは、外国人女性を性風俗店などで働かせるための隠れみのになっていると指摘されていたが、2005年2月、入管法にかかわる法務省令が改正され、上記の条項が削除された。それ以後、興行ビザによる入国者数は急減。その推移は、次のグラフのとおりだが、2004年に13万人以上もあったこのビザでの入国者数が、2006年には、5万人以下にまで減少している。



 行動計画では、もちろん、上記以外にも「被害者、ブローカーの実態把握」であるとか、「出入国管理の強化」「不正就労防止」「被害者の保護」「被害者の帰国支援」「社会的な啓発・広報活動」といった内容の施策が盛り込まれている。ことに被害者の保護という点では、各都道府県にある婦人相談所や民間シェルターでの保護、カウンセリング、さらには被害者の残留資格についての弾力的な運用といった点も盛り込まれた。
まだまだ不足している撲滅のための対策
 さて、こうした「人身取引行動計画」でうたわれたさまざまな施策によって、日本における人身売買問題に解消の方向が見えたかというと、決してそうではない。前出の「人身取引検挙件数」では、2004〜2006年の検挙件数は70〜80件となっているが、ILO(国際労働機関)担当者は、この時期、日本国内で性的サービスを強要されている外国人女性は10万人を超えるとも推定しており(「人身売買大国ニッポンの闇」ニューズウィーク日本版2005年3月23日号)、実態に比べて検挙件数があまりにも少なすぎるという声も高い。



 そして、アメリカの「人身売買報告書」2009年版では、「日本政府の対策はきわめて不十分」と指摘している。その中では、「多数の日本人女性や少女も性目的の人身売買被害者として報告されている。過去1年間に、多数のパラグアイ人の子どもが、強制労働目的で日本に売買された。人身売買業者は、時に借金を利用して、日本の巨大な性風俗産業で移住者に売春を強要する。外国人、日本人ともに、最初は自発的に性風俗産業に入るが、結局は不本意な隷属状態に置かれた被害者になってしまう女性が多い。売買された女性たちは、厳しい経済的支配を受けるだけでなく、助けを求めたり逃げることができないように、肉体的・精神的方法で威圧され、あるいは暴力を受けることもある」と、日本の実情として報告している。
 さらに、報告書では、性目的での人身売買とともに、労働目的の人身売買にも言及、「日本政府は、人身売買撲滅のための最低基準を十分に満たしていないが、満たすべく著しく努力している。性目的での人身売買で2008年に起訴された件数は増えているが、有罪判決を受けた人身売買の犯罪者の大半は執行猶予となった。日本はまだ、労働搾取目的の人身売買の問題に効果的に対処していない。政府による被害者認知の取り組みは、依然として不十分である」としている。
 「G7」というと、いちおう世界での「先進国」とされており、日本も入っているが、G7の中でアメリカの報告書で第1分類に入っていないのは日本だけ。お隣の韓国は、2001年の第1回報告書でいきなり第3分類に位置づけされたが、その後、急速に対策をとり、2002年以降、第1分類となっている。
 もちろん、アメリカの報告書が絶対の基準とはいえないし、まして第1分類に入ったからといって、その国で人身売買が根絶されたというわけではないものの、諸外国と比較して日本の状況を考えたときの重要な材料にはなる。
 人身売買は、外国人だけでなく日本人も被害にあっているし、さらに性産業だけでなく、労働現場でも被害が広がっている。われわれも大きな関心を持って、この問題に向き合う必要があると思う。(取材・文:内藤忍)
参考文献(2010年1月末現在のアドレス)
人身取引議定書
 http://www.mofa.go.jp/MOFAJ/gaiko/treaty/treaty162_1.html
人身売買報告書 日本語抄訳(アメリカ国務省人身売買監視対策室)
 2004年版:http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20040615-50.html
 2005年版:
http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20050603-50.html
 2008年版:
http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-20080604-50.html
 2009年版:
http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-20090616-79.html
人身取引行動計画
 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/jinsin/kettei/041207keikaku.html
「日本における人身取引対策の現状と課題」(国立国会図書館「調査と報道」第485号)
 http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0485.pdf
「日本における性的搾取を目的とした人身取引」(ILO日本事務局)
 http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/downloads/trafficking_report.pdf
「特集 諸外国における人身取引に関する立法動向」(国立国会図書館「外国の立法」第220号)
 http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legislation2004.html

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