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ボランティアスタッフ紹介

こんな方々がセンターを支えています。ぜひあなたもご参加ください。

 現在、「ふじみの国際交流センター」は日本人、外国人合わせた会員数が180名。また、スタッフは基本的に無報酬のボランティアです。そんな中でもセンターの仕事に意義と楽しさを感じて、スタッフとして仕事にたずさわっている方が、日本人、外国人合わせて数十名おられます。このページは、その中の一部のスタッフを紹介しました。ぜひ、あなたも仲間に加わって、日本人と外国人がともに暮らしやすい社会を作ることにご協力ください。



児童への日本語教室

小学校での国際理解講座

外国人と日本人が相互交流
チャターボックス

外国の人から料理を学ぶ料理教室

国際わいわいクラブ

日本語教室

パソコン教室

日本語教室

もちつき大会

阿澄 康子(あずみ やすこ)
 1944年生まれ、ふじみ野市在住。
 センターでは、会計、料理、翻訳、英語教室などを担当しています。
 センターでのイベントなどのときに、外国の方が自国の料理を作ってくれる機会があり、そんなときにいろいろな国の料理を味わえるのが楽しみです。また、英語教室では生徒の一員として参加しています。いろんな国の先生から、英語の学習だけでなく幅広い知識が得られ、また外国の文化、習慣、国民性を身近に学べるのがすごく楽しいと感じています。
 一方で、会計担当としては、お金を扱うので保管方法などに気を使っているのと同時に、専門的な知識がないので、とにかくお金を少しでも有効に使うようにしています。
 いまのセンターは、年齢層が偏っています。ことに40〜50代の方々が少なく、次の世代に受け継ぐ人がいないので、特にそういう方々に入ってきてほしいと感じています。もちろん、若い人は大歓迎です。ぜひ、センターの活動に参加してほしいと思います。

荒田 光男(あらた みつお)
 1932年生まれ。現在は年金生活者(元会社員)です。
 センターでは書類作成など、少し面倒くさい仕事をよろず請負、さらに誤訳ご勘弁の英語翻訳(大目に見て下さい)が仕事です。埼玉国際協力協議会(埼玉NPOネット)の世話人をしています。
 IT時代の恩恵を受けて、情報も自由に入手可能、場所や時間を問わず仕事ができます。センターでの“面倒くさい仕事”も、私にとっては“新しいこと”、夜の会議は苦手ですが、そんなときにも“新しい出会い”があります。
 書類作成は事務屋の十八番ですが、理系の人間(といっても、会社人間の何でも屋)にとって、さまざまな手続きなどの基礎的知識の欠如が懸念の一つ。でも、意外と役所が親切にアドバイスしてくれるので何とかやっています。あなたなら、もっとスマートにできますよ!
 あなたもボランティアをやってみませんか。自分の好きな事をやって、みんなに喜んでもらえればうれしいことです。お待ちしています。

石井 ナナヱ(いしい ななえ)
 ふじみ野市在住。
 センターでは理事長をしています。担当は、生活相談と、その他全般にたずさわっています。
 センターの活動によって、悩みをもった人が元気になっていく姿を見られることが大きなはげみです。
 その一方で、専門的な知識や、詳しい最新の情報が必要になることが多いことが難しいと感じています。そんなときは、インターネットや関係機関とのネットワークによって、知識や情報を得るようにしています。
 想像し、創造することが可能になるのがNPOです。あなたのスキルを生かして、一緒に活動しませんか。

岩田 仁(いわた ひとし)
 1937年生まれの蟹座です。富士見市在住。
 学校卒業後、退職時まで編集の仕事をしてきました。唯一、自分で面白い人生があったかもしれないと思うこと、それは学校卒業の折、トルコで空手の教師をやるようにとの推薦がありましたが、断ったのでいまの私があるのかと思うことです。
 あまりお手伝いできないのが心苦しいのですが、目下、かつての仕事を生かして(といっても、ただいまも現役です)編集の仕事関係を主にやらせていただいております。あとは日本語教室での潤滑油的な役を仰せつかっております。
 ボランティアは趣味の延長だと思っているとよく叱られますが、気持ちはそんな感じです。いやいや、趣味をやっている方は少ないと思いますので、この感覚が大切だと思っています。センターの大きな利点は、拠点があること、いつも門戸が開けられており、誰かが話し相手になってくださる心の安らぎがあります。楽しみとはげみが同居している場所なのです。
 ボランティアだから・・・いつでも抜けられる、そんな気持ちでスタートした活動でしたが、今、そんな気持ちは捨てなければいけないという立場になってしまいました。ボランティアだからという意識はあっても、どこまでも社会的責任はついてくるのだという意識は必要だという心境になっております。
 いま、私たちの切実な願いは、実働できるスタッフの参加です。心の支えとなってくださる方は多く、心強いのですが、仕事量が多くなりますと力不足が目に見えるようになります。ぜひ、社会の一員として活躍されている方、少し解放されている方、人間大好き人間、おしゃべり大好き人間、自分の思いをかなえたい人、どなたでも参加を熱望しております。語学の知識を心配なさる方が多いのですが、ほとんどその分野は必要ありません。人間大好きな人なら大歓迎です。

岩本 佳子(いわもと よしこ)
 1943年、和歌山県生まれ。富士見市在住。
 センターでは、生活相談係をしています。ご相談にみえた方に、少しでも力になれたらと思ってやっていますが、話を聞くことによって喜んでくださると、うれしく思えてはげみになっています。
 仲間のみんなと相談しながら話を進めるので、とくに難しいと感じることはありません。「外国の方の相談なんて、言葉ができないからとても無理」とよく言われる方がいますが、通訳してくださる方もおられるし、私自身、外国語はできませんが、悩みはみんな共通しているものが多いので、一緒に考えることができます。ぜひ、あなたも協力してください。

上原 美樹(うえはら みき)
 1974年生まれ 名古屋出身 所沢在住。
 センターでは、国際子どもクラブと、ハローフレンズに関わっています。国際子どもクラブは、毎週土曜の午前中に、外国籍の子ども(主に、小中学生)に日本語を教えたり、学校での授業の補習をしています。日本語を教えるのは初めてでしたが、教材もあるし、先輩もいるし、学校の先生もいるし、いろんな助けを借りながら、少しずつ自分自身が成長しているような気がしています。というより、楽しんでいます。月に一度、ボランティアが集まり、打ち合わせをしたり、教え方などを質問するなりして、相互の情報交換をしています。。
 ハローフレンズ。こちらも、文章を書いたことがない素人でしたが、編集講座を開いてもらったり、添削してもらったり、スキルアップするチャンスがたくさんあります!毎月、偶数月の1日に発行されています。自分の書いたものが形になるってすごくうれしいですよ。
 わたしも、センターに参加する前には、どうしようかなー、どんな人がいるのかなーと、このページを見ていました。そして、思いきって参加してよかったと、いま思っています。みなさんも、ぜひセンターのドアをノックしてみてください♪ お待ちしています。

大田原 裕(おおたわら ゆたか)
 2004年現在で86歳になります。趣味は、テニス、読書、町の清掃、花作り、車の運転等々。
 老年でぼけはじめ、法規学習等、頭で開拓することは無理。センターでは清掃、花作り、作業手伝いなどをしています。いろいろなことをしていますが、その一部として老人にできることをしています。
 これまでに自営業、海上自衛隊、損保業界と様々なことにたずさわってきましたが、「歩いた跡に道ができる」というのが持論です。このホームページを見ている方で、センターのボランティアに参加してみたいという人がおられましたら、「できることをまず一歩」というお気持ちで、ぜひご参加いただければと思います。

小原 知子(おばら ともこ)
 1950年生まれ、長崎県出身。ふじみ野市在住。
 「与える」「与えられる」という関係ではなくて、いっしょに困難なことを克服し、共に乗り越えられたときに喜びを感じます。その過程で、人間のやさしさや強さで、反対に励まされるときもあり、そんなときには感動して、感謝する気持ちでいっぱいになります。
 一方で、相手が若者であったり、弱者であったりすると、無意識に上から物を言っていることがあるように思えます。そういうときに、よく失敗します。主体的に問題を受けとめて、相手の立場に立つことの大切さと、私が解決するのではなくて、相談者と一緒に解決していこうとすること、簡単なようで難しいと感じています。それをどのように克服するか、それが私にとっての課題です。
 いまは、信頼される私になりたいというのが願いです。相手をしっかりと受けとめ、「応援してくれる人が、まわりにたくさんいる」ということを相手にも伝えたいし、自分だけが問題をかかえるのではなく、スタッフと共有して活動したいと考えています。
 あなたも一緒に活動してみませんか。センターには、あなたがやりたいことが、きっとあると思います。

梶 加寿子(かじ かずこ)
 1953年生まれ、三芳町在住。
 1997年から、センターにボランティアとして参加させてもらっています。同年、三芳町でも「みよし日本語教室」に参加、現在にいたっています。
 センターでは、地域にお住まいの、日本語が全く話せない外国の方への支援と、小中学校へ転入した外国籍児童に対する個別日本語指導(取り出し授業)を主に担当しています。
 日本語指導の資格も全くないところから日本語教室をはじめ、少しずつ勉強させてもらってきました。とにかく、日本語はおもしろい。相手の方の日本語が、びっくりするほど上手になっていくことがはげみです。
 外国の方との異文化交流は何の問題もありませんが、むしろ日本人の男女間、世代間の相互理解のほうがはるかに困難。こちらはまだ克服できていません。私から見て、センターにはがんこな人、自己中心スタッフがいっぱい。おとなしい私が、その中に身を置いているのが自分でも信じられない思いです。
 ホームページを見ているだけでは、「ふじみの国際交流センター」の本当の姿は理解できないと思います。ぜひ活動の現場に来て、その楽しさ、忙しさを肌で感じてほしい。いろいろ困難なことはありますが、「ふじみの国際交流センター」には、人の力を向上させる不思議な力があるのは間違いないと思っています。

カズナビアン・ムスタファ
 1961年生まれ、イラン出身。清瀬市在住。
 国際理解講座の講師をしています。センターで、日頃いろいろ考えていることを、日本の人たちと話す機会があるのがうれしいと思っています。ただ、難しい日本語が理解できないのが、ちょっと残念ですが。
 センターで「イラン語教室」を開いています。ぜひ参加してください。

小峰 直也(こみね なおや)
 1985年生まれ。富士見市在住。いま専門学校に通っており、サッカー、バスケットボールが趣味です。
 センターでは、「インフォメーションふじみの」の印刷と、「国際わいわいクラブ」のスタッフをしています。
 センターの活動を通じて、いろいろな年代の方と話をすることができるので、とても勉強になるし面白いと感じています。
 わいわいクラブで、子供たちが悪いことをしたときに、どんなタイミングで叱ったらよいか、それが難しいと感じています。人や物を傷つけたときには、ちゃんと叱るようにしています。
 センターは、いろいろな人と仲良く、とても楽しく活動することができます。皆さん、ぜひ一緒にやりましょう。

鈴木 美佐子(すずき みさこ)
 1956年生まれ、三芳町在住。
 センターでは、行政からのお料理教室、国際理解講座、外国人児童の取り出し、入り込み授業などを担当しています。
 私自身お料理が大好きなので、外国の方からお料理を教わるのはとても楽しく、またそれを日本の方に紹介できたらと思います。
 日本語がわからない児童が日本語を勉強して、表情が明るくなり、自分の気持ちを話せたときは、やっていて良かったという気持ちになります。

高橋 恭子(たかはし きょうこ)
 1972年生まれ、東京出身。志木市在住。
 職業は広告デザイナーで、センターでは機関誌の「センターニュース」の編集をしています。
 原稿を読んだり、取材を通して、いろいろな方の考え方にふれられることが、はげみになっています。
 本業が忙しくて、定期的に仕事をするのがたいへんなこともありますが、打ち合わせや原稿の受け渡しなどを、他の方にお願いするなど、多くの方に協力していただいています。
 これからも「センターニュース」を通して、ふじみの国際交流センターの様子を伝えていきます。どこかでこの機関誌を見かけたら、ぜひ読んでくださいね。

戸塚 咸子(とつか みなこ)
 ふじみ野市在住。定年退職後、専業主婦に転職、2年目になります。
 センターでは、日本語指導、生活相談を担当しています。日本語指導では、何も話せなかった人が日本語で話をしてくれるようになったとき、そして生活相談では、本当に困っている人に共感して、いっしょに考えて出口が見つかったとき、そんなときには大きなやりがいを感じます。
 このホームページを見ておられる方も、ぜひ自分の持っていらっしゃるものを、外国人との共生に生かしてください。

内藤 忍(ないとう しのぶ)
 1948年生まれ、富士見市在住。本の編集者、ライターをしています。
 2003年から加わりはじめました。センターでは、ホームページ製作と機関誌「ハローフレンズ」を担当しています。
 地域の人たちが「自分のできること」で、近隣に住む外国の人たちの手助けをしよう趣旨に大賛成。私もホームページが作れるので、その技術を生かして参加しています。日本語のホームページを作る能力はいちおうあるのですが、本来必要なはずの、外国の方が見ることのできるホームページが作れない。これは、まだ克服できそうにないテーマです。
 コンピュータで外国語が扱える人、ぜひお手伝いください。必要なのは、英語はもちろん韓国語、中国語、ポルトガル語、スペイン語などです。

長谷川 正江(はせがわ まさえ)
 1953年生まれ、ふじみ野市在住。
 センターでは事務局、国際理解、その他いろいろな事柄を担当しています。
 ここにいるとたくさんの人に会うことができます。その人たちを通して、地域、学校、行政と、社会が広がっていくような気がします。
 ただ、ボランティアといっても、何かを担当すると、そこには約束や責任や時間の制約がついてきます。その重責につぶされそうになるときがあります。そんなときには、自分を過信しないこと、そしてみんなに助けてもらうことを肝に銘じて活動しています。
 センターには20近くの活動があります。どれかに興味をもたれたら、まずセンターまで足を運んでください。特にお近くの方、お待ちしています。

羽石 貴裕(はねいし たかひろ)
 1972年生まれ、富士見市在住。
 現在は、わいわいクラブのスタッフとして参加しています。
 目的とテーマを決めて(考えて)企画して、達成できたときや、不達成のときでも反省するときなどが、とても楽しいと感じています。何よりも、ここには「仲間」がいることです。
 みなで話し合い、必ず整理した上で反省点を振り返るようにしています。
 明るく楽しい、みんなが集うセンターです。ぜひ、皆さんもご参加ください。

半田 栄子(はんだ えいこ)
 1948年生まれ、富士見市在住。
 センターでは、生活相談担当ということでやっていますが、なかなか自立できず、やさしい先輩の方々にお世話になっています。さまざまな事柄が、必要に迫られないとなかなか覚えられません。
 センターの活動に参加してよかたことは、外国の人々はもちろんのこと、講習会を通して知り合った先生や受講生、役所関係の人々、イベントを通して、そして同じ活動をしている仲間たち、さまざまな人たちと交流できたことです。
 興味のある方は、ぜひこのふじみの国際交流センターに来て、お仲間になってください。

広木 加代子(ひろき かよこ)
 1942年生まれ、富士見市在住。
 お手伝いのできることは、自分のできる範囲でお手伝いしています。センター内のお当番をしながら、その日のお仕事の補助。1週間に1回、小学生の生徒さんの取り出し授業のお手伝い。
 この時代に、皆さん手弁当で無償で、ほとんど毎日のようにお仕事に励んでいらっしゃいます。その姿勢を見ていると、自分が反省することが大きく、またその中でいつも「笑い声が絶えない」という、こんな場所って、いまどこにもありません。
 年齢もあって、これから最初からコンピューター、コピー機、印刷機等々を使いこなすのがたいへんで、まだ全然ついていけません。年下の先輩諸氏に、おじゃましながら教わって、少しずつ使いこなせるようにと思っております。ぼけ防止には最高です。
 62歳になりました。データによると平均年齢は女性は85歳とか。60歳過ぎて、もうあまり「自分、自分・・」という気持ちはなくなりました。これからは、私なりにできる範囲で、いままでお世話になった方々へのお返しをしていけたらと思っています。

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